Game Industry Interviews

研究者インタビュー

テレビゲームへの正しい理解を

茂木 健一郎先生インタビュー

茂木 健一郎先生

脳科学者/株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー/東京工業大学大学院連携教授

茂木 健一郎(もぎ けんいちろう)

脳科学者。専門は脳科学、認知科学。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京工業大学大学院連携教授(脳科学、認知科学) 1962年10月20日東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。『脳とクオリア』(日経サイエンス社)、『生きて死ぬ私』(徳間書店)、『心を生みだす脳のシステム』(NHK出版)、『意識とはなにか--<私>を生成する脳』(ちくま新書)、『脳内現象』(NHK出版)、『脳と仮想』(新潮社)、『脳と創造性』(PHP研究所)など著書多数。「クオリア(感覚の持つ質感)」をキーワードとして脳と心の関係を研究。『脳と仮想』で第四回小林秀雄賞を受賞。2006年1月より、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』キャスター。

第1回コンピュータゲームのみならず、偶有性のあるものは全部つながっている

2009年06月08日掲載

インタラクティヴに働きかけてくるメディアから離れるのはナンセンス

――茂木先生の、ゲームとの最初の出会いについて教えてください。

茂木:大学生のときです。そのころ家庭教師をやっていたんですが、教えていた子どもが休憩時間に『ゲームやりましょう』って誘ってくれたんですよ。それで一緒にやってみたら、すごくおもしろくて夢中になっちゃって(笑)。「スーパーマリオブラザーズ」のころですね。その後も「ドラゴンクエスト」だとか「ゼルダの伝説」とか、ゲームはずっとやってきているんです。最近では最後までクリアしたのはプレイステーション2の「ICO」ですね。

――まるで、ゲームの歴史をなぞっているようですね。

茂木:それに振り返ってみれば、高校生のときは授業を聞きながら「ライフゲーム」っていう碁盤目の黒と白のパターンが変わっていくゲームを方眼紙に書いて遊んでいました。つまりどんな場面でも、ずっと遊びをしてきたのが僕の人生なんです。たしかに勉強もできたんですけれど、勉強も遊びみたいな感覚だったので。だから僕は、コンピュータゲームも特別なものじゃないと思っているんです。

――先生の場合は遊びを自分で作っていたわけですが、既製品であるゲームを受け入れる場合はまたニュアンスが違うのでは?

茂木:小説でも、書く人もいれば読む人もいますよね。音楽だって、作曲したり演奏する人もいれば聴く人もいる。どれもみんな同じですよね。そのなかで脳の仕組みからいうと、作る喜び、自分のからだを動かして学習することがいちばん深いんですよ。そういう意味で、子どものころに工夫して遊んでいた僕は、いちばん深い遊びをしていたわけです。ただ、たとえば僕の子どもはいま中学生ですけれど、我々の世代とまた違うんですよね。

――どういう点が異なるのでしょうか?

茂木:彼らの世代には「『ロールプレイングゲーム(RPG)』を作るツール」があって、ネット上でダウンロードしてなにか作っているんです。つまりRPGもアクションゲームも作れるから、いまの子どもたちは案外、受け取るだけの側から作る側に進化しているところがあるんですよ。だからベンダー(ゲームメーカーなど、ゲームソフトを提供する側)のあり方も、今後は変わっていくんじゃないかなと思います。

――そういうことも含め、やはり能動的な活動が大切なのでしょうか?

茂木:でも一方では、"プロの技"っていうものもあるわけです。自分の小説を書く人はたくさんいますけれど、プロが書いた素晴らしい小説も読みたいじゃないですか。音楽もそう。へたくそな演奏だって楽しいけれど、ジミヘン(ジミ・ヘンドリックス)の超絶ギターも楽しみたいでしょう? ゲームも、そういう方向になっていくと思うんですよ。RPGやアクションゲームを作れるようなツールが人気を呼ぶ一方で、プロが作った圧倒的にすごいゲームを楽しむっていう喜びもあると思うんです。

――広い視野でゲームを捉えていらっしゃいますね。

茂木:日本ではゲームというと、ネガティヴな印象を持たれることが多いと思うんです。この前もある学習塾の人が、「子どもたちの成績を上げるのは簡単です。テレビとゲームと携帯を取り上げればいい」と話していたんですね。だけど僕は、そういうことではないと思うんですよ。それというのも僕自身が子どものときからずっと遊びをすごく大事にしてきた人間だからです。ありとあらゆる遊びを自分で考えて、実践してきたんです。ほんとにくだらないことばかりですけれど、ありとあらゆることをやりました。遊びを考える天才でしたね。いまは仕事が忙しくてしようがないんですけれど、暇があったら遊びを考えるんじゃないかと思うくらいです。

――なるほど。

茂木:この前も香道の蜂谷宗■(※)さんとの香席があったんですが、すごくおもしろいんですよ。伽羅の「初春」、「如月」、「弥生」っていう三つの香りをまず嗅ぐんですね。で、もうひとつ「華」っていう未体験の匂いもある。それらがランダムに出てくるんですが、それが自分の嗅いだ「初春」、「如月」、「弥生」なのか、それとも「華」なのかを当てるんです。
※ ■は「くさかんむり」に「必」(「ひつ」)

認知科学的にいうと、嗅いでいない匂いが出てくるというのは、そこに未知の香りを当てはめられるかという意味ですごく深い話なんです。香席って日本人が何百年もやってきた遊びですけれど、そこに表れている偶有性、「どうなるかわからないからおもしろい」っていう感覚はコンピュータゲームとまったく同じなんですよね。そして学習を理解する上でも、もっとも重要な概念が"偶有性"なんです。"半ば規則的で、半ば偶然の出来事"ということですね。つまりゲームは、「偶有性をデザインするもの」なんですね。世間的にはコンピュータゲームが悪いことのように言われますけれど、偶有性という意味では全部つながっているんです。それこそ団塊の世代が夢中になってやっていたマージャンだとか、野球だってゴルフだってそうですし、全部同じなんですね。「偶有性の表れ方が違うだけ」なんだから、コンピュータをあまりにも特別視し過ぎている気がしますね。

――科学的な観点からみて、ゲームは脳になんらかの影響を与えますか?

茂木:「脳と仮想」という私の著作にもゲームのことを論じた一章があるんですが、ゲームが人間の脳にとって「とてつもなくおもしろいもの」であることは事実です。ゲームをすると、前頭葉にドーパミンという物質が出るんですね。すると、脳は喜びを感じます。要するに、"ハマる"状態で、これが感情のシステムのいちばん大切なポイントです。そしてドーパミンが出ると、そのときにしていた行動が強化される。強化学習というんですが、明らかにゲームからは強化学習が生まれているわけです。そしてこのとき、偶有性が意味を持つんですね。要するに偶有性というのは、「予想できることとできないことが混ざっている状態」ですから。

――インターネットとの連動性についてはどうお考えですか?

茂木:インターネットは今後ますます大事になっていくわけですけれど、ネットの世界はゲームの世界とほとんど同じなんです。たとえば世界的なウェブデザイナーの中村勇吾さん。彼が作るサイトはすごくインタラクティヴなんですよ。僕が担当しているNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出てもらったことがきっかけになって誕生した「MOJA MOGI」なんて、もうゲームですよね。だからインタラクティヴに働きかけてくるメディアから離れるというのはまったくナンセンスで、未来はそこにあるわけです。


NHK "MOJA-MOGI" by Yugo Nakamura
http://www.nhk.or.jp/professional/mogi_moja.html

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