Game Industry Interviews

研究者インタビュー

テレビゲームへの正しい理解を

細井 浩一先生インタビュー

細井 浩一先生

立命館大学映像学部/大学院映像研究科 教授

細井 浩一(ほそい こういち)

1958年、石川県金沢市生まれ。立命館大学大学院経営学研究科博士後期課程。博士(経営学)。立命館大学政策科学部教授を経て、現在、立命館大学映像学部および大学院映像研究科教授。学内では、アートリサーチセンター(ARC)センター長、ゲーム研究センター運営委員など、学外においては日本デジタルゲーム学会(DiGRA JAPAN)前会長などを務める。主に産学公連携に立脚する新しい社会ビジネスモデルを用いて、コンテンツ分野の活性化と地域振興を同時に進める研究と実践を行っている。代表的なプロジェクトとしては、「デジタルゲームのアーカイブ構築」、「仮想空間を活用した日本文化資源の保存と活用」、「京都の伝統工芸+ロリータファッションのブランド化」、「ホワイトスペースを活用したキャンパスワンセグ放送」などがある。主な著書に「コーポレート・パワーの理論と実践」(同文舘出版)、上村雅之氏・中村彰憲氏との共著である「ファミコンとその時代 テレビゲームの誕生」(NTT出版)、「アーカイブ立国宣言」(ポット出版)など。

第1回暗中模索の連続だったゲーム研究

2017年01月23日掲載

――細井先生はもともと経営学がご専門とのことですが、ゲーム研究に携わるようになった経緯をお聞かせください。

細井:私は立命館大学大学院で経営学を専攻して研究者になったんですが、愛知県の短期大学に務めていたときに、母校の立命館大学からお声がかかりまして、1994年に新設された「政策科学部」の教員として着任することになったんです。政策科学部は、複雑化する現代社会の諸問題を総合的に理解、発見し、解決に導ける人材の育成を目的とした、まったく新しいコンセプトの学部です。私自身は経営学の担当として呼ばれたのですが、立命館大学には伝統的な経営学部が既にありますし、せっかく新しい学部が立ち上がったわけですから、従来の経営学では扱っていない新しい領域を研究対象にしようと考えました。

とはいえ、どの産業を研究しようか考えあぐねてしまい、思い切って、政策科学部の一期生たちに興味のある業界を尋ねてみることにしたんです。すると、みんな口を揃えて「ゲーム」「ゲーム」「ゲーム」と答えるんですね。みんなゲームの面白さだとか、自分の人生に与えた影響なんかを熱く語るんです。思えば1994年入学の大学1年生というのは、小学生のときに任天堂から「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」が発売されて、中・高生の時代を通じてゲーム三昧で過ごしてきた世代です。私はというと、ファミコンブームの頃は既に大学院に入っていましたが、研究室にあったMacやX68000でゲームにハマったクチですので、ゲームに熱中することについて全く理解できないわけではない(笑)。ゲーム世代の少し上にあたる境界世代でした。

政策科学部では、360名の新入生全員にアップルコンピュータのPowerbookを支給したのですが、コンピュータの性能もどんどん上がっていて、映像や音楽も扱えるようになり、それらを統合したマルチメディアという概念が生まれ、表現の幅が飛躍的に広がりました。ゲームはその最先端にいつも位置づきます。1980年代からの日本製ゲームの大ヒットを改めて考えてみますと、マニュアルがなくても直感的に遊べて、これだけ世界中に普及したものを日本人が作ったのは初めてかもしれません。

しかも、この1994年というのは、セガ・エンタープライゼス(当時。現「セガゲームス」)から「セガサターン」、ソニー・コンピュータエンターテイメント(当時。現「ソニー・インタラクティブエンタテインメント」)から「プレイステーション」が発売され、ゲーム業界地図が激変する節目の年でした。情報経営学の研究にも関心があった身としては、こういったクリエイティブな情報産業は利益率も高く、従来の重厚長大型から産業構造が急激に変化していく方向性として最右翼なのではないかとひしひしと感じていました。

ゲーム産業は間違いなく将来性に満ちているし、現役学生も絶大な関心を持っている。自分自身のゲーム体験からも共感できるし、それなのに経営学の分野でゲーム産業の研究者はその当時非常に少数でした。これはもう、自分がやるべきだと、このときある種の直感が働いたんですね。

――直感が当たりましたね(笑)。具体的には、どのような方法でゲーム研究を行ったのですか?

細井:ゲーム産業の研究者が少ないということは、研究の先行事例が少ないということです。したがって研究手法も自分で考えないといけません。これがとにかく大変でした。まずは産業規模を把握しようと思ったのですが、当時はまだゲームを含むエンタテインメント産業の概念が定まっておらず、そもそもゲーム産業を正確に集計した経済統計データがありません。その後しばらくは、いろんな分野にバラバラに散らばっている産業統計から、該当するデータを自分でピックアップしてゲーム産業の全体像を推計するしかなかったんです。また、個々の製品についても、何というゲームタイトルで、それぞれの発売日はいつで、開発元・販売元はどこなのかといった基本的な製品情報のリストのようなものもありません。だからハードは買い揃えればいいとしても、ソフトは今まで全部で何点発売されたのかもわからない。さらに、そもそもゲームメーカーはどうやってゲームを作って、どのようにして売っているのか、製品の製造・流通過程がまったくわからない。この「産業統計がない」「個々の製品情報がない」「製造・流通過程がわからない」という3つの壁がさっそく立ちはだかったのです。

それでも、とりあえずはゲームをどうやって研究するか、その方向性を見定めないといけません。その意味でも、まずは製品としてのゲームをちゃんと知ること、そのために個々の製品情報を網羅的に収集した上で分類・整理・蓄積することが必要だと判断し、初めはとにかくゲームソフトを集めていくことにしたんです。ところが、大学の経理職員から「先生、研究費でおもちゃを買ったらいけません」と言われ、領収書が通らない(苦笑)。当時はゲームが研究対象になるなどという認識は毛頭ありませんから。買うのが駄目なら図書館で借りようと思ったものの、ゲームソフトはどこの図書館にも置いてありません。国会図書館には今でこそ4,000本ほどありますが、収集を始めたのは2001年からなので、その当時は1本も収蔵されていません。

図書館にもないとなると、これはもうゲームメーカーから直接入手するほかありません。いずれにせよ、いつかは製造・流通過程などゲームビジネスの仕組みを知るために、メーカーを取材する必要もありました。そこで、私ども立命館大学は京都にありますから、一番近い任天堂に行ってお願いしてみようと思ったんです。ところが、守衛室で用件を告げようとしたら、そもそもどのようにお願いしたらよいか自分自身でわからなくなってしまいました(苦笑)。

それで困っていたところ、当時、京都府商工労働部の係長だった山下晃正さん(現・京都府副知事)とお話しする機会がありました。山下さんは、立命館大学が1994年頃から行っているリエゾンオフィスなどの産官学連携への取り組みを高く評価していただいていて、その縁で知り合ったんですけど、とてもアグレッシブで行動力がある方です。映画愛好家でコンテンツ産業に理解がある方でしたので、今回もちょっと相談させてもらいましたら、山下さんは、さっそく任天堂に話を通してくれたんです。というわけで、その次に訪問したときは無事守衛室を通過でき(笑)、本社の方にお会いすることができました。

こうして任天堂へ2回、3回と通いまして、なかなか進展はなかったのですが、頑張ってゲーム研究へのご協力をお願いし続けていたところ、4回目の訪問で、なんとファミコンの開発責任者だった開発第二部の上村雅之部長(当時。現・立命館大学客員教授)が出てこられました。これはまた凄い人が出てきたなあと内心とても焦りまして(笑)、研究に対する思いの丈を熱く語ったんですが...駄目でした。任天堂としては、過去のゲームを研究することに積極的な意義は見出し難く、現時点では協力できることはないとのことでした。

それでも、さらにしつこく食い下がって、その後も任天堂に何度か通っていたんです。するとある日、上村さんから個人的に連絡がありまして、「会社としてゲーム研究に取り組むことはできないけれども、大学で研究するということは意義があることだろうから、社内で保管しているファミコンソフトをお貸しすることを検討しましょう」というありがたいご提案をいただきました。その後、任天堂としても、そうであれば、やはり会社としてきちんと対応すべきということになったそうで、京都府の仲立ちによって、立命館大学と任天堂の間で覚書を締結し、任天堂から正式にファミリーコンピュータおよび米国版のNintendo Entertainment System(NES)のハード実機、ならびに国内向けおよび海外(NES)向けの歴代全ファミコンゲームソフト1,700本あまりをお貸しいただけることになったのです。

――これでいよいよゲーム研究が本格化するわけですね。

細井:ところが、大学の世界では依然としてゲーム研究の立ち上がりは弱く、満足な研究環境が確保できません。せっかく大量の資料提供をいただいたのに、私個人の狭い研究室では、どうにもスペースも設備も足らないのです。そこで再び山下さんに相談したところ、京都府としては、ゲーム産業も、映画産業と同様に力を入れていくべきだとかねてから考えていたそうで、ゲームを収集し分類・整理するという私の計画にも理解を示していただきました。山下さんをはじめとする京都府の商工労働部は、ベンチャー的性格が強いゲーム産業では、将来の業界を担う人材こそが大事だと考えており、ゲームの製品情報がデータベース化され、一定の形でアーカイブすることができれば、ゲーム産業の貴重な基礎資料として人材育成にも役立つだろうと、その意義を認めてくれました。

そして、ちょうどその当時、京都府の新規産業支援を目的とする「京都リサーチパーク」がデジタルコンテンツ関連のオフィス棟の整備を進めていたので、研究拠点としてそこへの入居を薦められました。さらに、京都府の産業支援事業のひとつである「ゲームフロンティア開拓事業」に採択され、資金的な支援を得ることもできたのです。こうして、1998年4月に京都府のコーディネートのもと、京都リサーチパークが任天堂にゲーム資料貸与などの協力を依頼し、立命館大学に対してその研究を委託するという形の産学公連携研究プロジェクトが発足しました。「人材育成を目的としたテレビゲームのアーカイブ構築とその活用」を目指す「ゲームアーカイブ・プロジェクト(GAP)」の始まりです。

まずは、任天堂から貸与を受けたファミコンのゲームソフトを整理して、パッケージやタイトル画面に記載されている基本情報をデータベース化することから着手しました。具体的な項目としては、タイトル名、発売日、発売元メーカー、価格などです。しかし、必ずしもこれらの項目がすべてパッケージやタイトル画面に記載されているとは限りません。パッケージとタイトル画面の表記が微妙に違う場合もあります。この当時はそういうケースが特に多いです。エンドロールでクレジット表記を確認するために、実際にゲームを延々と最後までやってみることもしばしばでした。

そこで、貸与されたソフト以外に、ゲーム情報誌・ムック本やウェブサイトなどの記載を検証して各項目のデータを確定させることにしました。こうしてコツコツ作業を続け、ファミコンソフトタイトルのデータベースが一通り完成したのでした。おそらく日本で最初に大学が作ったゲームのデータベースです。そのタイトルリストは今でも公開されています

――「ゲームアーカイブ・プロジェクト(GAP)」が始まったことで、「産業統計がない」「個々の製品情報がない」「製造・流通過程がわからない」というゲーム研究にあたっての3つの壁は解消されたでしょうか?

細井:はい。その3つの壁のうち「産業統計がない」と「製造・流通過程がわからない」という点については、その頃にはおおよそのめどが立ってきました。「CESAゲーム白書」をはじめとして、ゲーム関連の書籍や雑誌が多く出版されるようになり、情報が整備されてきましたので。

残りの一つ、「個々の製品情報がない」という点については、「ゲームアーカイブ・プロジェクト」でファミコンソフトをデータベース化していく過程において、その道筋は開けたと思います。また、この頃には任天堂だけでなく、セガからも協力を得て新作ソフトをご寄贈いただけるようになっていました。一方で、「ゲームフロンティア開拓事業」が終了し京都府からの支援もなくなったため、資金面では再び厳しい状態です。そこで、本プロジェクトを継続・進展させるために、ゲームアーカイブの方法論を学術的に確立する研究に取り組んでいくことにしました。

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