研究者インタビュー
テレビゲームへの正しい理解を
細井 浩一先生インタビュー
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立命館大学映像学部/大学院映像研究科 教授
細井 浩一(ほそい こういち)
1958年、石川県金沢市生まれ。立命館大学大学院経営学研究科博士後期課程。博士(経営学)。立命館大学政策科学部教授を経て、現在、立命館大学映像学部および大学院映像研究科教授。学内では、アートリサーチセンター(ARC)センター長、ゲーム研究センター運営委員など、学外においては日本デジタルゲーム学会(DiGRA JAPAN)前会長などを務める。主に産学公連携に立脚する新しい社会ビジネスモデルを用いて、コンテンツ分野の活性化と地域振興を同時に進める研究と実践を行っている。代表的なプロジェクトとしては、「デジタルゲームのアーカイブ構築」、「仮想空間を活用した日本文化資源の保存と活用」、「京都の伝統工芸+ロリータファッションのブランド化」、「ホワイトスペースを活用したキャンパスワンセグ放送」などがある。主な著書に「コーポレート・パワーの理論と実践」(同文舘出版)、上村雅之氏・中村彰憲氏との共著である「ファミコンとその時代 テレビゲームの誕生」(NTT出版)、「アーカイブ立国宣言」(ポット出版)など。
第3回ゲームに関わる公的政策への参画と今後の展望
2017年03月21日掲載
- ――立命館大学ゲーム研究センターは、文化庁の「メディア芸術データベース」デジタルアーカイブ事業に参加していますね。
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細井:そうなんです。文化庁の「メディア芸術デジタルアーカイブ事業」は、2010年からの5カ年計画で始まっていたんですが、立命館大学ゲーム研究センターは本事業に2012年から参加することになりました。
思えば、私がゲーム研究を始めた頃は、そもそもゲームを文化として規定する法律がなく、文化行政の対象にも含まれていませんでした。2001年に「文化芸術振興基本法」が成立し、「メディア芸術」がその振興対象に含まれたものの、「メディア芸術」は「映画、漫画、アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術」と定義され、「ゲーム」という文言はありません。辛うじて「コンピュータその他の電子機器等を利用した芸術」にゲームが含まれるものとして、「文化庁メディア芸術祭」の審査対象にはなりましたが、映画、漫画、アニメほどには振興すべき文化と認識されていなかったというのが実情でした。
それが、このメディア芸術デジタルアーカイブ事業では、マンガ、アニメーション、メディアアートと並んで「ゲーム」がその対象となったのです。長年ゲーム研究に取り組んできた身としては、感慨深いものがありましたね。もっとも、マンガやアニメはともかく、ゲームのアーカイブは国の事業として初めての試みでもあり、先述したようにシンプルにはいかない構造的な課題が多い分野でもあったので、立ち上がりの頃はなかなか進捗しなかったようです。立命館大学ゲーム研究センターとして活動していた「ゲームアーカイブ・プロジェクト」は、2012年から正式にその事業に加わるようになりました。
同事業で私たちが担当したのは、ゲームアーカイブの基盤となるゲームの作品情報のメタデータ設計、入力を中心とするデータベースの構築でした。マンガやアニメの分野でも同様の作業が行われていましたが、まさに私たちが今まで「ゲームアーカイブ・プロジェクト」で培ってきた方法論そのものです。このようなデータベースを利用すると想定される方々へのヒアリングや調査を踏まえながら、ゲームの発売日やプラットフォームのほか、収録メディアの種類・容量・数量やプレイ人数など、データベースの詳細項目を設計し、3年間かけて試験的なデータベースを作ってきました。
さらに、このデジタルアーカイブ事業は、期間満了後も、その後継事業のひとつとして、2015年以降もアフターフォローを行っています。新たに発売されたゲームのデータを追加作成したり、既存データの検証や詳細項目の追加入力をするなど、データベースのさらなる整備・拡充を行ってきました。こうして、家庭用ゲームについては、詳細項目に不明な箇所が多くあるものの、2015年末までの分は(簡単なメタデータに限れば)大部分をデータベース化することができました。現在、「メディア芸術データベース(開発版)」として一般に公開されています。
- ――現時点で、データベース化されたゲームのタイトル数は、全部でいくつくらいなのでしょうか?
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細井:現在、本データベースに登録されているのは、家庭用ゲームが約34,000タイトル、アーケードゲームが約5,000タイトル、PCゲームが約1,600タイトルです。
もっとも、実際にはこれ以外に出自不明のゲームもたくさんあるんです。私たちの考えるところでは、家庭用ゲームは全部で38,000タイトルくらいあると思われます。アーケードゲームはわりと無秩序に移植がなされた時期もあるので、概数ですが5,000タイトルくらいになるでしょう。PCゲームはメーカー製なのか個人や同人で作ったものなのか、アダルト系を含めて複雑なのですが、おそらく全部で40,000タイトルくらいあるのではないか思います。
ですから、PCゲームについては、データベース化がほとんどできていない状況といわざるをえません。ただ、これについては、フランス人のルドン・ジョゼフ氏という日本のPCゲームの大変なマニアの方が、東京に「ゲーム保存協会」という非営利団体を設立して、日本のPCゲームの保存活動を行っていらっしゃいます。ゲームを文化として保存するという強い自負をお持ちの方で、ゲームソフトのフロッピーディスクやカセットテープのみならず雑誌や設計図にいたるまで、あらゆる資料を厳格かつ緻密に整理し、保存されています。
ゲーム保存協会さん以外にも、国内外には多くのゲーム保存に関わる団体や個人の方がおられますし、それぞれこだわり、というか得意不得意がありますので、そのような方々との連携やネットワーキングの中でゲームデータベースの偏りやゲーム関連情報の相互補完などについて、長期的に補い合っていけるような体制を考えていくのが重要だろうと考えています。
その他、本データベースではまだデータ化されていませんが、「ゲーム&ウオッチ」「たまごっち」などの電子ゲームは、だいたい2,000くらいだと思います。携帯電話やスマートフォンなどを使ったモバイルゲームにいたっては、総タイトル数は900,000を超えるのではないでしょうか。モバイルゲームは日々生まれ、日々終了し、目まぐるしく変わりますので、ウェブクローラなどで一定部分の情報を自動捕捉できるような仕組みを考えているところです。
本データベースを公開したことで、ゲームの作者から直接連絡をいただくこともあります。「間違ってますよ」って(苦笑)。ご本人の指摘だから間違いないですよね。ありがたく正確な情報として反映させてもらっています。今後も改良を重ねながら、どんどん充実させていきたいと思います。
- ――2014年で文化庁の「メディア芸術データベース」デジタルアーカイブ事業が終了した後、2015年以降はどのような活動を行っているのですか?
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細井: ゲームアーカイブに関連するものとしては、2015年以降も、立命館大学ゲーム研究センターでは本データベースの整備・拡充に関連する文化庁からの後継事業をいくつか受託しています。そのうち、今までは手つかずだった国際系の調査研究が、「メディア芸術連携促進事業 ゲームアーカイブ所蔵館連携に関わる調査事業」で、世界中のゲームとその関連資料の所蔵施設や研究機関の国際連携に取り組んでいます。
アメリカ大陸では、米国カリフォルニア州のスタンフォード大学が核となり、カナダはエドモントンのアルバータ大学などと連携しました。さらに、米国ニューヨークにある「ザ・ストロングミュージアム(The Strong National Museum of Play)」という玩具や遊びに関する大型の博物館とも学術交流協定を締結して協力関係を結んでいます。ここはゲーム分野だけで学芸員が4人、うち3人が博士号、1人が修士号を持っていて、大学並み、あるいはそれ以上の研究力を有する所蔵機関でもあります。
欧州では、歴史と伝統のあるドイツのライプツィヒ大学やベルリンのコンピュータゲーム博物館、英国のバース・スパ大学やノッティンガムにある「ナショナルビデオゲームアーカイブ(National Videogame Archive)」などの公的なゲームアーカイブ施設との連携を行っています。さらに、中国の北京師範大学、ノッティングハム大学寧波校、大連工業大学などとも連携が始まりました。
こうして国際連携が進んでくると、国際的なゲーム研究において著名な先生方との交流も盛んになりましたね。コンコルディア大学のマーク・ウルフ先生やミア・コンサルボ先生、デンマーク王立美術院のイェスパー・ユール先生、スタンフォード大学のヘンリー・ローウッド先生やバース・スパ大学のジェームス・ニューマン先生、アルバータ大学のジェフリー・ロックウェル先生、ライプツィヒ大学のマーティン・ロート先生、フリンダース大学のメラニー・スワルウェル先生、ワシントン大学のジンハ・リー先生といった著名な先生方ともネットワークができ、相互に意見交換・情報交換ができるようになりました。2013年からはゲーム研究センターと海外の大学が共催する形で、「国際日本ゲーム研究カンファレンス(Replaying Japan)」を毎年国内、国外で開催しており、日本のゲームについての情報が入手できないという研究者たちの悩みも克服されてきたように思います。また、それぞれの先生の教え子が、別の先生の研究室を訪問滞在するといった形で、学生同士の交流も実現するようになっています。
また、文化庁のデジタルアーカイブ事業で構築したデータベースでは、ゲームタイトルそれぞれに「GPIr(Game Product Identifier)」というIDを振って管理するようにしています。同じゲームであっても、バージョン違いやローカライズ版ごとにGPIrが異なり、それぞれ一意のIDが付与されています。ですから、GPIrを引用すれば、世界中の研究者がこれに対応するタイトル情報を正確に参照することができて、日本のゲームに関する研究がスムーズに行えるようになると思うのです。文化庁という公的機関による提供なので、参考文献として引用し、学術論文にも出典元として明記できますし、ぜひこのGPIrの共通化を、世界中の研究者・研究機関に提唱していきたいと考えています。
- ――ご苦労の末、ゲーム研究は学術的な面で成果が出て、展望も広がってきたようですね。では今後、ゲーム研究を学術以外の方面でどう活かすか、という点についてはいかがですか?
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細井:はい、それはとても重要なご質問です。おっしゃる通り、大学にはゲームを専門に学べる学部や研究機関が整備され、研究や人材育成に打ち込めるようになりましたし、ゲームの学会が設立されて、国内外の研究者との交流も盛んになりました。私たちもゲームアーカイブの方法論という一定の研究成果を作ることができたのですが、これが社会的にどんな意味があって、社会のためにどのように還元できるかという視点が、今後求められてくるのだと思います。
ゲームも含めて文化的資源というものは、以前は保存や研究の対象として慈しみ保護すべき存在だったところ、現在では、「クリエイティブ・エコノミー」と称されるように、産業として経済の中心的存在になりつつあります。そしてそういう存在になったときには、アカデミックの世界でとどまるのではなく、もっと大きな括りで考える必要が出てくるでしょう。世界的にはその動きは既に出始めています。
ヨーロッパでは、英国をはじめ多くの国で、政府主導によりクリエイティブ産業の振興を重要政策として推進しています。さらに、欧州各国を横断する形で、EU欧州委員会がヨーロッパ中の絵画・工芸・映像・音楽などの文化資産をデジタルアーカイブ化し、数百万アーティクルにものぼるアイテムを統合的に検索することができる「ユーロピアーナ(Europeana)」というポータルサイトを運営しています。韓国も国家による強力なコンテンツ産業政策を行っていますし、中国も英国型の「クリエイティブ・エコノミー」をモデルとした「文化創意産業」の振興を国家レベルで推進しています。
他方、米国では、国主導の動きは少なく、Googleのような巨大なIT企業が莫大な資金を投入し、いろんな企業を巻き込みつつ積極的にコンテンツのアーカイブを行っています。そしてそれをビジネスとして成立させる形で活用・展開し、独特のアメリカ型の「クリエイティブ・エコノミー」を実現しようとしています。
では、日本はどうするのか。文化的なリソースを保存・研究することはもちろん、教育の仕組みを作って人材を育成し、人を集めて産業を興し、インバウンドにも利用していくという総合的な構想をもって、文化・教育・産業・観光など各関係分野に対し戦略的な資金支援をしていく必要があります。そのリーダーシップをいったい誰が取るのか。国家主導のヨーロッパ型か、巨大IT企業連合が行う米国型か、どちらの方向性をとるのかがまだ定まっていない。これは日本として考えていかなければならない最も大きな問題だと思います。
私は文化庁をはじめとする行政が中心となってその方向性を示すべきだと思いますが、私たち大学人も、CESAのようなメーカー団体も、草の根の民間団体も含め、横断的な議論を始めるべき段階だと考えています。そして、議論の機運を高めるためには、東京ゲームショウ・CEDECなどのCESAのイベントや、私たちが以前京都府の事業から始めたような自治体レベルからの活動などを通して、アーカイブの意義を訴え、その価値をさらに高めていくという努力が必要だとも感じています。
- ――ゲームアーカイブの成果を、後の世代にどう残していくかということについて、お考えをお聞かせいただけますか?
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細井:ゲームアーカイブ研究における現在の問題意識としては、ゲーム黎明期からの技術者・開発者の方々の「オーラル・ヒストリー」をまとめたいという思いがあります。「オーラル・ヒストリー」とは、歴史学や政治学で非常に分厚い実績を持つ研究手法で、関係者に直接深いインタビューを行い、その口述を記録にまとめて史料とするものです。
ゲームではありませんが、情報分野としては、例えば「IEEE(The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc.)」という世界的に権威のある電気・電子・情報工学技術の巨大な学会があるのですが、この学会では「IEEE History Center」というサイトを立ち上げ、偉大な開発者・技術者の方々の口述記録(オーラル・ヒストリー)をまとめてます。
インターネットの父と呼ばれるロバート・カーン(Robert Kahn)やヴィントン・サーフ(Vinton Cerf)、イーサネットを発明したロバート・メトカーフ(Robert Metcalfe)といった名だたる技術者たちに対して次々とインタビューを行い、現在では相当な人数にのぼっています。それらの記録は学問的に正当な作法によってまとめられているため、「IEEE History Center」のオーラル・ヒストリーは学術論文に引用することが可能とされています(記事によってバラツキがあるという指摘もある)。私は、基本的には、このような方向でゲーム版のオーラルヒストリーを作るべきであると思っているのです。
現在、ゲーム関係者の方々の貴重なインタビュー記事は、書籍や雑誌、CESAの「ゲーム産業の系譜」などネット記事も含めて数多くありますが、いずれもこのままでは学術論文に引用することは難しいと思います。そこで、オーラル・ヒストリーの専門家の先生たちと協力して方法論を研究し、まずはビジネスとしてのゲームの立ち上がり期に注目した「ゲーム産業のオーラル・ヒストリー」をまとめていきたいと考えています。ただし、ゲーム黎明期の経営者、開発者の方々の中には、かなりの高齢の方もいらっしゃいますので、実はこれは喫緊の課題です。大学や学会の関係者はもちろん、文化庁やCESAさんにも協力をお願いしてぜひ実現したいと思っています。