Game Industry Interviews

研究者インタビュー

テレビゲームへの正しい理解を

細井 浩一先生インタビュー

細井 浩一先生

立命館大学映像学部/大学院映像研究科 教授

細井 浩一(ほそい こういち)

1958年、石川県金沢市生まれ。立命館大学大学院経営学研究科博士後期課程。博士(経営学)。立命館大学政策科学部教授を経て、現在、立命館大学映像学部および大学院映像研究科教授。学内では、アートリサーチセンター(ARC)センター長、ゲーム研究センター運営委員など、学外においては日本デジタルゲーム学会(DiGRA JAPAN)前会長などを務める。主に産学公連携に立脚する新しい社会ビジネスモデルを用いて、コンテンツ分野の活性化と地域振興を同時に進める研究と実践を行っている。代表的なプロジェクトとしては、「デジタルゲームのアーカイブ構築」、「仮想空間を活用した日本文化資源の保存と活用」、「京都の伝統工芸+ロリータファッションのブランド化」、「ホワイトスペースを活用したキャンパスワンセグ放送」などがある。主な著書に「コーポレート・パワーの理論と実践」(同文舘出版)、上村雅之氏・中村彰憲氏との共著である「ファミコンとその時代 テレビゲームの誕生」(NTT出版)、「アーカイブ立国宣言」(ポット出版)など。

第2回ゲームアーカイブの方法論の確立

2017年02月13日掲載

――ゲームアーカイブの方法論の研究に取り組み始めたとのことですが、その内容をご説明いただけますか?

細井:具体的なアーカイブ方法としては、ゲームのハードウェアおよびソフトウェアを「現物保存」するのが最も自然であり、王道だと思います。ところが、この「現物保存」は意外に難しいことに間もなく気づきました。CDという媒体は実はわりと早く傷んでしまいますし、カセットもハードウェアも劣化は避けられず、いずれも長期の保存ができないのです。保存環境にもよりますが、50年もつかどうか、といったところでしょうか。

この点で、ゲームを深く愛好する方々からは、「もっと丁寧に厳重に扱わないとダメだ」とか「保管方法に愛がない」とよく批判されるんですが(苦笑)、予算は無尽蔵ではないし、いずれにせよ物理的に限界は来るし、それよりも全体として将来的にできるだけ長くアーカイブできる手法を学術的に考え出すのが私たちの「愛」の形だと思うんですよ。ですから、「現物保存」を基本としつつ、たとえ現物が毀損しても、それを補う仕組みが必要だと考えました。

そこで、実機ハードウェアと同様の動作をする「エミュレータ」を作り、ゲームプログラムを再現できるようにして、そのデータ自体を保存する方法が検討されました。この点、ファミコンの場合は、動作が特定のハードウェアに依拠している部分が一定程度あります。したがって、ソフトウェアによるエミュレータによって100%動作を再現することは原理的に無理で、より完璧に近い形で再現するためには、ハードウェアによるエミュレータで行う必要があります。しかし、その場合、オリジナルの設計図がないとエミュレータは作れませんので、恐る恐る任天堂にお願いしに行きましたが、さすがに簡単には開示してもらえません。

――ハードウェアの設計図といったら、ゲーム機メーカーの秘中の秘ですからね。

細井:そうですよね(苦笑)。ただ、ちょうどその頃(2002年)、文部科学省が、世界最高水準の研究拠点に対して重点的な支援を行う「21世紀COE(Center Of Excellence)プログラム」という新しい助成事業を開始しました。立命館大学からは、1998年に創設されたアート・リサーチセンター(ARC)が中心になって、「京都アート・エンタテインメント創成研究」という日本文化の総合的な研究プログラムで応募したのですが、浮世絵や春画などの伝統的な日本文化と並んで、映画やゲームもその研究対象として申請していたんです。そして、このプログラムが採択されました。

国の重点的研究拠点としてお墨付きをいただいたことで、任天堂との再交渉が好転します。正式に許諾を得て契約を締結、設計図をお借りして、ゲーム保存を目的としたファミコンエミュレータの開発を進めることができるようになりました。なお、ファミコンのコントローラは管理基盤がかなり凝った作りになっており、これをエミュレータで再現するには予算的に厳しいものがありました。やむなくその部分は再現を諦め(原理はわかったので追加予算さえあれば作り直せますが)、コントローラから信号を取得するためだけに、エミュレータ本体の上にファミコン実機を装着することにしました。

そうして、2004年、ゲーム文化を保存する目的で、世界初の任天堂公式ファミコンエミュレータが完成しました。Windows上で作動しますので、Windowsが存在する限りはエミュレーションが保存できるということになります。たとえ将来Windowsがなくなったとしても、何らかの方法でデータを移行できれば、「現物保存」よりは長いターム、おそらく100年程度は保存が可能なのではないでしょうか。

ファミコンエミュレータ
ファミコンエミュレータ

もっとも、このエミュレータにより100年間保存が可能になったとしても、100年後にこれを再現した人が、果たしてそのゲームの遊び方や面白さを理解できるだろうかという疑問の声が上がりました。「マリオが飛び上がったけど、それの何が面白いの?」としか感じないかもしれないというのです。実は、この問題意識を投げかけたのは、2003年に本学大学院の先端総合学術研究科に教授として招聘されていた任天堂の上村さんでした。上村さんは「遊びとは何か」という根源的な問いを常に突き詰めて考えておられました。技術者であると同時に、研究者肌の面もお持ちだと私はかねがね思っておりましたので、本学で教鞭をとられることになったのはなによりの幸運でした。今では、本学で「遊戯史概論」という大人気の講義を担当されています。

上村先生は、この問題に対して、ひとつの解決策を示されました。ゲームをプレイしている様子を録画して「映像による保存」をしたらどうかと。たしかに映像なら音声も同時に記録できますし、データの保存形式の面でも、YouTubeのような再生ツールの面でも将来的に汎用性が高く、より長期の保存に優れています。その実際の映像記録システムは、もともと技術者である上村先生が自ら開発してくださいました。「実際のゲーム画面」「プレイしている人の姿」「コントローラのボタン操作を示す電気信号の映像」および「コントローラの電気信号の推移を示すグラフ」の4つの映像を同時進行で記録し、4分割の画面にそれぞれが表示されるようになっています。この映像を見れば、たとえ100年後にゲームそのものが再現できなくなったとしても、プレイヤーがコントローラのこのボタンを押したときに、マリオが飛び上がり、プレイヤーが面白がっている...という具合に、このゲームがどんなものか理解できることでしょう。

映像での保存
映像による保存

こうして、ゲームアーカイブの手法として、「現物保存」「エミュレータでの保存」「映像での保存」という相互に補完し合う3つの柱が固まったのでした。

――なるほど。では、後はこの「現物」「エミュレータ」「映像」の3つの柱で、どんどん保存を進めていけばよいというわけですね。

細井:いや、実はその前に、まだ解決されていない問題がひとつ残っていました。それは、今までに発売されたすべてのゲームの正確なリストがないということです。つまり、いったい全部でどれだけのゲームを保存すればいいのかがわからない。私たちは、任天堂からお借りしたファミコンソフトは、すべてのタイトルのリストを作りましたが、それ以外のリストはまだまだ揃っていません。家庭用ゲームだけでなく、それ以前からアーケードゲームもありますし、PCゲームもあります。オンラインゲームもその頃には登場していましたが、既にサービスが終了しているものもたくさんあります。一方で、これからもゲームはますます増えていきますので、このままでは、正確な情報を把握することがどんどん難しくなってしまいます。やはり「ゲームアーカイブ・プロジェクト」の原点に立ち返り、アーカイブの前提として、今までの歴代ゲームの作品情報をきちんとデータベース化することが必要だと考えるに至ったのでした。

そこで、ゲーム情報誌やゲームカタログ本などの参考文献を用い、ゲームの作品データについて現存する膨大な情報を徹底的に整理することにしました。ところが、案の定というべきか、情報の不一致が次々と出てきて、どれが正しいのかわからないという事態が続出します。ある資料と別の資料とで発売日の記載が数日違っていたとしましょう。そんなことは大した問題ではないと思うかもしれませんが、学術的には大問題なんです。5つの情報源を参照し、そのうち4つが同じであればその情報は正しいものとして採用する、というような統一ルールを設けて、さらにはゲームメーカーの公式サイトの情報を参照しつつ、それぞれのデータを確定していきました。こうしてコツコツとデータベース化の実践を行いながら、ゲームアーカイブの方法論についての研究を重ねていきました。

――ゲーム研究に対する周囲の理解は得られるようになっていたのでしょうか?

細井:そうですね。実は、その頃あたりから、私の研究室に外国から留学生・研究者がポツリポツリやって来るようになりました。しかも、ハーバード大学、カリフォルニア大学といった超一流大学からです。マサチューセッツ工科大学(MIT)の知能情報学科を首席で出た人が在籍していたこともあります。彼はMITを卒業後、そのまま京都にやってきて、いきなり任天堂を訪問して求職、玉砕したという冗談みたいな本当の話があるんです。彼、ジョーダン君っていうんですけど(笑)、巡り巡ってなぜか私の研究室で面倒を見ることになりました。そんなに優秀ならNintendo of America(NOA)に行けばいいと思うんですが、やっぱり、「聖地」である京都の任天堂で働いてみたかったそうですね。

しかし、どうしてこんなにたくさん外国から留学生や研究者がやって来るんだろう?ということが気になって、外国のゲーム研究の状況を調べてみたんです。そしたら、外国では大学院にも学部にもゲーム専攻コースがあるし、英語の研究論文もどんどん出ているし、「Digital Games Research Association(DiGRA)」という国際学会があるなど、既にアカデミックな作法でゲーム研究の世界が成り立っていたんです。

その当時、日本の総合大学にはゲーム専門の学科もなく、ゲーム研究者もまだ数えるほどしかいませんでした。とはいえ、1989年に立ち上がった「日本シミュレーション&ゲーミング学会」が、シミュレーションとゲーミングという観点からではありますがゲーム研究者の受け皿になり、さらに2002年に大阪電気通信大学が中心となって設立した「ゲーム学会」は、当時はまだ関西中心の団体ではありましたが、始めてゲームそのものを名称に冠した学会として活動を開始しました。そのころの海外のゲーム研究者の研究対象はかなりの確率で日本のゲームなのに、日本のゲームについての学術的研究の情報があまり発信されない状況が続いていましたが、こうして少しずつゲームに関する学術研究の機運が高まってきたのです。

このような外国と日本との認識のギャップを埋めるために、また外国からやって来る研究者を受け入れるためにも、ゲームに関するより包括的で国際指向、産学連携指向の学会を立ち上げようとする動きが出てきました。私も同調し、東京大学の馬場章先生やお茶の水女子大学の坂元章先生らとともに2006年に「日本デジタルゲーム学会(DiGRA JAPAN)」を設立したのです。

また、その少し前あたりから、立命館大学内にもゲームに関心を持つ研究者が徐々に増えてきていました。大学院先端総合学術研究科には上村先生をはじめゲームを表象文化として研究される先生がおられ、法学部には知的財産権の観点からゲームを取り上げる先生がいらっしゃいました。情報理工学部には、プログラミングとしてゲーミングに取り組んでいる先生や、AI(人工知能)の関係で扱っている先生がいらっしゃいます。私が所属していた政策科学部にも、教育工学の分野でゲームに関心を持っている先生がいらっしゃいましたし、中国のオンラインゲームビジネスに非常に詳しい先生もおられました。

そして、2007年、デジタル時代の現代ポップカルチャーをも見据えた教育研究を行う「映像学部」が新たに設置されることになったのです。ゲームはまさにこの研究対象に当てはまりますので、私も政策科学部から映像学部に移ることになりました。

さらに、映像学部以外にも徐々に増えつつあったゲームに関心を持つ研究者の連携による総合的な研究拠点として、2011年、立命館大学衣笠総合研究機構に立命館大学ゲーム研究センター(RCGS)が設立されました。センター長には上村先生が就任され、「ゲームアーカイブ・プロジェクト」は、同センターの公式な研究プロジェクトに落ち着いたのです。

こうして、ゲームの学会ができ、さらに学内には専門の学部や研究施設が設置されたことで、ゲーム研究の足場が大学内外にようやく築かれていきました。

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