研究者インタビュー
テレビゲームへの正しい理解を
サイトウ アキヒロ先生インタビュー
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亜細亜大学 都市創造学部 教授
サイトウ アキヒロ(さいとう あきひろ)
1961年、神奈川県生まれ。多摩美術大学在学中よりCMディレクターやアニメ・プロデューサーとして活動しながら、ファミリーコンピュータ(ファミコン)の初期から任天堂を中心にゲーム・クリエイターとしても活動を開始。以後、近年まで多数のゲーム制作を指揮する。現在は、ゲームにおける「人を夢中にさせるノウハウ」の他分野での活用を提唱し、これを「ゲームニクス」と命名して、家電や教育などの分野で実践している。著書に「ゲームニクスとは何か─日本発、世界基準のものづくり法則」(幻冬舎)、「ビジネスを変えるゲームニクス」(日経BP社)などがある。
第3回ゲームニクス理論の応用と実践――ゲームニクスが世界を変える
2019年05月20日掲載
- ――サイトウ先生は、ゲームニクス理論を、ゲーム以外の分野で活用することを提唱されています。先ほど(前回記事)、子どもがゲームに夢中になっていることを勉強のほうにも活かせばいいというお話がありましたが、教育の分野でもゲームニクス理論を応用することは可能でしょうか?
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サイトウ:はい。ゲームニクスは、教育の分野にも、もちろん応用することができます。たとえば、電子教科書。教科書を読んでいて、わからない言葉が出てきたら、その言葉の部分をタップする。すると、その言葉の解説文が表示される。解説文の中にまたわからない言葉が出てきたら、さらにタップ。忘れてしまった知識は、ピンポイントでいくらでも追いかけていくことができる。そういう電子教科書は応用が利くでしょうね。高校の教科書を読んでいるときでも、その場で中学校の知識に戻って確かめることができます。
理科の原子表なんかは、ただそれを見せられてもピンときませんよね。「水兵リーベ...」と語呂合わせで丸暗記するしかない。でも、電子教材だったら、「原子表の中の『H』というアイコンを2つドラッグして、『O』アイコンにくっつけたら水になる」というようにインタラクティブであるという特徴をいかし、かつ動的に示してあげれば、原子が結合する理屈がイメージしやすいでしょう。やっぱり、画面に触れて反応があるというのが紙の教科書と全然違うところですね。
「DragonBox」という海外の算数アプリがあるんですが、これが実によくできているんですよ。画面は左右の2つのエリアに分かれていて、DragonBoxという箱と、その他いくつかのキャラクターが左右に散らばっています。やがて、色違いの同じキャラクターや、横棒の上下にある同一キャラクターは、互いに消し合えることがわかってきます。白い蛇をドラッグして黒い蛇にくっつけると両方とも消える、みたいな。それで、DragonBoxが左右どちらかのエリアでひとつだけになればステージクリア。反対エリアに残っていたキャラクターがDragonBoxに納まってポイントとなります。
ステージを重ねると、左エリアにある白いキャラクターを右エリアに移動させると黒に変わるとか、左エリアの白いキャラクターを消すために、黒いキャラクターを左右両エリアにそれぞれ追加するとか、だんだんとキャラクターを消すための技が加わっていきます。さらにステージが進んでいくと、キャラクターではなく、それらが「1」「-1」といった数字や「a」「b」といった代数に、DragonBoxが「x」に変わっていくんです。それで、キャラクターのときと同じように、「1」はエリアを移動すると「-1」になって、そこにある「1」とくっつけて消すとか、分母と分子に同じ代数「a」があれば、それらを重ねて消すなどしてゲームを進めるんですが、これはまさに代数計算の過程そのものですよね。
しかも、マニュアルなどなくても何をどうするかが直感的にわかるし、段階的に無理なく高度になっていく。ゲームニクス理論通りです。こうして、代数計算が自然とマスターできるようになっていくというわけなんです。現に、4歳の子どもがスイスイと解いていく様子がYouTubeで公開されています。
- ――なるほど、これはたしかに面白いですね。
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サイトウ:ポイントは、勉強を「ゲームにする」のではなく、うまく「ゲーム化する」ことです。私も昔、ファミコンで算数ゲームをつくったことがあって、そのときは「ゲームにする」手法をとったから失敗しちゃったんですよ。「ゲームにする」というのは、たとえば、「1+1」という問題が出されて、そこでカーレースが始まるんですね。ゴール地点に「1」「2」「3」という3つのフラッグがあるので、うまくハンドル操作をして「2」のフラッグを拾うとクリア、というものです。でも、これだと、いくら答えがわかっていても、ハンドル操作が上手でないと、「2」が取れずにクリアできない。本質的にはゲームそのものです。「子どもがゲームに夢中になるんだったら、ゲームの途中に勉強の要素を挟み込んでしまえ」という安易な発想です。よくRPG形式を利用した教育ソフトなんかもありますが、これもちゃんと「ゲーム化」しないと、遊びとしても面白くない、教育としてはゲーム要素がうっとうしい、どっちつかずの中途半端なものになってしまいます。
これに対して「ゲーム化する」というのは、勉強をゲームの仕組みの中で遊べるようにするというものです。つまり、そもそも「ゲームとは何か」を考えたときに、ゲームとは「ルール」と「勝利条件」を兼ね備えたものをいいます。野球でも、ポーカーでも、将棋でも同じことです。「ゲーム化する」とは、そのモチーフの「ルール」をゲームに仕立てて、「勝利条件」を達成させるように導くということです。先ほどの「DragonBox」でいえば、代数計算の解法という「ルール」をきちんと理解した上で、キャラクターに模してゲームに仕立てて、代数計算のルールに沿ってキャラクター整理をすることで解答を出すという「勝利条件」を達成しています。こうやってきちんと「ゲーム化」すれば、代数計算の本質を理解することになるんですよ。
そのほか、実際に私がつくったものとしては、埼玉県教育委員会からの依頼でつくった微分積分のiPadアプリがあります。定積分の公式なんて、大人になっても使うことはない、自分の人生に関係ないと思いがちじゃないですか。でも、これは実際に生徒にやってもらってるんですけど、タッチセンサーにして、インタラクティブな謎解き形式にしただけで、彼らはとても盛り上がってやっているんですよ。たとえば、「積分せよ」といきなり数式を出されたらわからなくても、グラフの曲線とX軸に囲まれた部分の面積を求めるという話ならわかりやすい。そして、それは細長い縦×横の長方形が多数曲線に沿って並んでるだけであって、積分とは、それを単に公式化しただけなんだということを視覚的に示してあげられるんです。これもうまく「ゲーム化」できた例です。
- ――教育分野以外では、どのような応用事例が考えられますか?
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サイトウ:わかりやすいのは、デジタルサイネージ...電子広告ですかね。これもどんどんタッチセンサー対応になっていくのでしょうが、「いかに広告に興味を惹くことができるか」「どうすれば触れてもらえるか」「そこでどういう動きをすると興味が持続するか」というのは、まさにゲームニクスが応用できる部分です。
公共交通システムの端末もそうですね。身近なところでは、駅の券売機などは、ゲームニクスを応用すれば、もっと直感的に操作しやすいようにすることが可能でしょう。特に、東京オリンピックに外国人が多く訪れるようになると、より親切な案内が必要になってくると思います。たとえば、どの競技がどの会場でやってるのか、マップをタッチすればわかるとか、行きたい会場の最寄り駅の情報がそこに表示されて、その情報がBluetoothでスマートフォンに転送されて、そのまま改札に行けば料金が支払われるとか...。こういうことは、既に技術的にはまったく問題なく可能なはずですよね。あとは、いかにストレスなく、わかりやすく使えるかというところで、ゲームニクスのノウハウが活きてくると思います。
それと、移動手段ということでいえば、自家用車のカーナビシステム。こちらはクラリオン株式会社と共同で開発した実績があります。環境に配慮したエコ運転ができているかということを、カーナビの画面上で視覚的に確認できるようにしたんです。「急加速や急ブレーキは多用していないか」「エンジンブレーキは有効に使っているか」「エアコン温度は適切か」など、エコ運転の条件をクリアしたら、葉っぱの形をしたポイントがもらえるようにしました。葉っぱが貯まっていけば木になって成長していきます。その様子を画面上で楽しみながら、エコ運転が実現することができるようになっています。
- ――他に、企業と共同開発した応用事例はありますでしょうか?
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サイトウ:はい。トヨタ自動車株式会社と共同で、リハビリロボットを開発しています。私、実は亜細亜大学のほかに、藤田医科大学という医科大学の客員教授も務めておりまして、その大学とトヨタとの共同開発です。私がソフトウェア全般のディレクションをしています。脳卒中などによる下肢麻痺のリハビリを支援する「歩行練習アシスト」ロボットと、バランス機能の維持やリハビリを支援する「バランス練習アシスト」のロボットがあります。
前者の「歩行練習アシスト」は「ウェルウォーク」という製品名なんですが、これを例にご説明しましょう。患者さんは、膝の曲げ伸ばしをサポートするロボット脚を装着して、トレッドミルのベルトの上を歩きます。訓練の初期は、患者さんは自力で膝の曲げ伸ばしができませんから、ロボット脚ががっちりフルパワーで補佐します。少しずつ歩けるようになってくると、その回復の度合いに応じて、ロボットのサポート度合いはだんだん小さくなっていきます。トレッドミルのスピードも速くなっていきます。
一歩一歩の体重移動がちゃんとできていたら、歩くたびにチャイムのようなクリア音が鳴って、着実な成功を実感できるようにしています。何歩歩けたかということも、モニターに情報として出ています。逆に、膝が曲がりすぎていたら、「ブー」というブザー音が鳴って警告してくれます。また、自分が歩いている姿が正面のモニターで確認できて、自分の体の傾き度合いが直感的なヴィジュアルとして表示されています。それを見ながら身体が傾かないように歩いていけば、10歩ごとに「トゥルルルルーン」という実に気持ちのいい音(笑)ともに宝石(エメラルド)がもらえるようになっています。だから宝石が連続して貯まっていくのが気持ち良いので、それがモチベーションになって、どんどん連続で歩いていきたくなるんですね。
ところが、身体が傾いてしまうと、貯まってた宝石が一気にヒューっと減っていっちゃう。すると、そのショック感が大きいので、身体を傾けたらダメなんだということを痛感しますし、どれくらい傾いてしまったからいけなかったのかもヴィジュアルとして自覚できるようになっています。だから次からはちゃんと良くないところを気をつけながら頑張るようになるんです。PT(Physical Therapist:理学療法士)さんが「身体が傾いてしまっていますよ」と言葉で指示しても、患者としては、どこがどれくらい傾いていて、どの程度戻せばいいのかよくわからないんですよね。でも目の前の画面には、誰が見ても直感的にわかるように状況が明示されていますし、なおかつクリア感覚でトライすることができるわけです。
リハビリ患者さんも「全然不安もなく先生を信じて、距離を稼ぐイメージで取り組んでいます。もう、めっちゃ集中しますねえ」と、まさにゲーム感覚で楽しく取り組んでおられます。身体が傾かないように、一歩一歩脚を進めるという「ルール」。そしてそれを長時間持続させるという「勝利条件」。これをうまく画面上で見せて、褒めてあげる。最初は誰でも簡単に始められて、楽しみながら、段階的に無理なく高度なことができるようになる。夢中になって、さらにやりたくなるよう仕向けていく。まさにゲームニクスそのものです。
現在、全国の34医療機関に導入して、臨床的研究を実施しているところです。ある病院でこのリハビリロボットを使ったら、1.7倍の速さで回復するという臨床結果も出ています。
- ――本当に、いろいろな分野に応用されているんですね。
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サイトウ:そうなんです。ゲームニクスの応用は、別に業種も分野も、何も問わないんです。「何に困っていますか?」「何をしたいですか?」「どうすると良くなるんですか?」「それは段階的にどうやっていくと良くなるんですか?」「サービスの最終ゴールは何ですか?」というようなことさえお聞かせいただければ、あとはゲームニクスのノウハウを使ってそれをきちんと「ルール」として整理したうえで、ヴィジュアル化して、「勝利条件」に導いて解決すればいいんです。私たちは、ゲームづくりにおいて、ありとあらゆる課題に直面してきましたので、ゲームを1本作るその大変さから比べたら、全然大したことないんですよ。
世界的に有名な日本の大企業というのは、ハードウェアの優秀さで成功した会社が多いんです。「より薄く」「より軽く」「より小さく」「より綺麗に」「より安く」...これを成し遂げて大きくなった会社なんですが、ハードウェアの機能競争というのは悲しいかな、すぐ真似されてしまう。なので、人件費の安い国にどんどん仕事を取られていってしまうんですね。一方で、私たちのソフトウェアの作り方のノウハウというのは、なかなか簡単に真似できるものではありません。日本人ならではの「おもてなし」のノウハウとなるとなおさらです。ただし、最近の海外の若いゲーム・クリエイターは、ファミコンなど日本のゲームでもてなされて育った人たちなので、ゲームづくりにおいては「おもてなし」のノウハウを体験として持っているんですね。だから、アメリカのように多文化の集積地みたいなところにはそのうち敵わなくなるかもしれない。でも、ゲームニクス理論の他分野での応用・実践という点では、まだまだ私たちが先を行っています。
ところが、先ほども言ったように、日本の企業はハードウェア系の企業が多く、ソフトウェアのことがわかるトップの方は本当に少ない。なので、ゲームニクスのような、一見無駄だと思われそうなところに手間をかけていくということが理解されにくいんです。ですから、仕事の依頼があったら、私はまず、その企業のトップの人と話をさせていただくことにしています。トップの方の理解が得られないのでは、必ず頓挫するからです。
その上で、トップの方に理解していただけた企業さんからは、相応の報酬をいただいて仕事をしています。私は「ゲームニクス理論を他の分野に応用して実践することのパイオニアだ」と自負していますし、ゲームニクスにはそれだけの価値があると信じているからです。私に続く後進のためにも、その価値を安売りする気はありません。これからも、ゲームニクスの第一人者であることを誇りに思い、その価値をいっそう高めていけたらいいなと思っています。