研究者インタビュー
テレビゲームへの正しい理解を
田中 栄一先生インタビュー
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国立病院機構八雲病院 作業療法士
田中 栄一(たなか えいいち)
1993年3月、弘前大学医療技術短期大学部作業療法学科卒業。1993年4月、北海道勤労者医療協会に入職。1998年4月、国立療養所八雲病院(現:国立病院機構八雲病院)に就職。現在に至る。作業療法士として、小児神経筋疾患に対して支援機器を用いた活動サポートを行っている。日本作業療法士協会福祉用具対策委員。日本リハビリテーション工学協会
第3回eスポーツは障害者の希望の光
2019年11月18日掲載
- ――近年、対戦型のコンピュータゲームを「eスポーツ」と呼んで、競技大会が開かれるなど新しいスポーツとして話題になっています。八雲病院のeスポーツへの取り組みについて教えていただけますか?
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田中:eスポーツはコンピュータゲームで戦う競技ですので、当院の筋ジストロフィー患者のような障害者の方でも、手先さえ動かせれば参加が可能です。当院でも、対戦型ゲームが得意なメンバーを中心にeスポーツチームを作りました。彼が「チーム吉成」の代表、吉成健太朗くん。うちのエースです。吉成くんは脊髄性筋萎縮症で、子どものときから当院に入院しているんですが、うちの病院ではいちばんゲームが上手くて、詳しいんですよ。最初に「僕はゲームに救われた」という患者さんの話をしましたが、実はそれが吉成くんなんです。
当院のeスポーツチームは5人編成で、「チーム吉成」のほか、最近、新たに初心者中心のチームができました。この2チームに加え、外部からあと2チームくらいお招きして、4チームでeスポーツのトーナメント大会を開ければいいなと思って計画を進めています。名付けて「八雲CUP」。そのために彼らはいま、ライアットゲームズの「League of Legends(リーグ・オブ・レジェンド)」を中心に練習をしています。ライアットさんとは、オンラインで交流試合をやりながら、ゲームアクセシビリティの観点から改善点などの要望もお伝えしているんです。
- ――「リーグ・オブ・レジェンド」はPCオンラインゲームですよね。吉成さんは、どのようなスタイルでプレイしているんですか?
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田中:ベッドの頭部分を少し上げて、寝たまま行うというのが彼のプレイスタイルです。メインマシンはサードウェーブ社「ガレリア」のゲーミングノートPC。それをベッドテーブルの上に乗せて、寝たまま見えるようにディスプレイの角度を調整して固定しています。彼はキーボードが使えないので、操作は右手がマウス、左手は特製のコントローラです。コントローラは、既製品では指が届かなくなったので、ジョイスティック2個とマイクロスイッチ2個を組み合わせて、ちょうど指が届く範囲に再配置して作りました。筐体は3Dプリンタで作製しています。
このコントローラには、吉成くん自身が「JoyToKey」というソフトウェアを使って、ジョイスティックの各方向に対してキーボードの入力キーをゲームごとに設定しています。「リーグ・オブ・レジェンド」でしたら、「Q」「W」「E」「R」の4つのキーをよく使うので、このジョイスティックの4つの方向に各キーを割り当てているみたいです。ゲーム以外にも、Wordの場合は、1つのジョイスティックにつき8方向、2つで合計16方向分のキー入力ができるよう設定しているそうですよ。2つのマイクロスイッチは左右のクリックに対応します。
- ――工夫が凝らされていますね。しかし、やはり相当手間がかかりますね。
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田中:そうなんです。「リーグ・オブ・レジェンド」の場合、ゲームそれ自体にはキー入力の設定機能がないので、別にソフトウェアを介する必要があるんですよ。でも、たとえばブリザード・エンターテイメントの「オーバーウォッチ」というアクションシューティングゲーム。これはオプション設定項目が非常に細かく準備されています。ゲーム上でキャラクターごとにキーを設定できるなど、障害者に対しても、とてもゲームアクセシビリティのいいゲームなんです。吉成くんに言わせると、細かいところまで配慮が行き届いていて、本当に痒いところまで手が届くゲームだなと。他には、セガのアクションゲーム「ベヨネッタ」も、ゲームアクセシビリティが優れていて遊びやすいそうですよ。
逆に、買ってはみたけど、プレイできなかったというゲームも実際たくさんあります。オプション設定項目がどれだけあって、どこまでカスタマイズできるのかというのは買ってみるまでわからないんです。だから、買ったけど設定ができなかったから仕方なく諦めたというゲームも、残念ながら存在します。ゲームの公式サイトに操作マニュアルがアップされている場合もありますが、そこに掲載されている情報も圧倒的に不足しています。一般の方は「買ってみて、遊んでみたけど、面白くなかった」と不満を持つことはあると思いますけど、彼らの場合はそれ以前の問題で、「買ってみたけどそもそも遊べなかった」という話なんですよ。
だから、こういうゲームアクセシビリティについて私たちが知り得た情報というのは、良い情報・悪い情報を問わず、他の障害を持つ方にも、広く知られるようにしたいですね。
- ――なるほど。業界としても検討すべき課題だと思います。
ところで、eスポーツは、障害者も健常者と同じように戦える競技ということで注目されています。オリンピックの正式種目として採用される動きもあります。ただ、競技者間の公平を期すという理由で、eスポーツの大会で使用できるデバイスは純正コントローラに限るということが現状ではほとんどです。コントローラの改造は認められていません。じゃあ、障害者は障害者だけで、健常者とは別に大会を開くべきなのか...このあたりはどのようにお考えでしょうか? -
田中:難しい問題です。吉成くんは、障害者と健常者は分けずに、一緒に競技をしたいと言っています。障害者どうしで競い合うことも意義はあると思いますが、ゲームというのは、工夫次第でいくらでも健常者と同じように戦える手段はつくれるし、同じフィールドで戦っても十分やれる。それをぜひ見てもらいたいと。
ただ、そのためには、各自の障害に応じたデバイスの使用は認められるべきだと思いますね。あと、ゲームの練習量によって有利不利が生じないように、競技は全員初見のゲームで行うという意見もありますけど、それはちょっと彼らにとっては難しいと思います。さきほど言ったように、キー設定など事前準備にかなり手間がかかりますので。
健常者と障害者が戦うという話だけでなく、健常者と障害者がチームを組んで戦うというのも一案でしょう。それぞれが役割を持って、自分の戦いをして、互いにサポートして、仲間と成果を分け合う。健常者と障害者の混合チームというのが認められてもいいですよね。ですから、そういったことも含めて、ルール改正というのがやはり必要になってくると思いますね。
- ――障害者がeスポーツに参加しやすいように環境の整備が必要ですね。
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田中:おっしゃるとおりです。その意味で、私たちの「八雲CUP」は意義があると考えています。「障害を持っていてもeスポーツ大会に参加できる」...そんな光景は今まで、健常者もそうですが、障害を持つ方自身ですら、もしかしたらまったくイメージできなかったのではないでしょうか。いや、車椅子ユーザーでも、上肢に不自由さがなければeスポーツに参加できるんですよ。これまでパラリンピックでさえ出場できなかった重い障害をお持ちの方だって、eスポーツ大会に、オリンピックに参加できるチャンスが開けているんです。
そういうことを「八雲CUP」のようなeスポーツ企画を通じて広く知ってもらいたい。障害者も健常者と同じように戦えるんだと世間の人々に知ってもらい、環境整備の気運を高めたい。人は、「ああ、こんなことができるんだ」とわかると、いろいろと提案しやすくなりますよね。自分自身ができる可能性があるとわかってはじめて、人はそれとの関わりを意識するものなんです。だから「八雲CUP」を通じて、eスポーツの認知度を高めたいんです。
先ほどの障害者と健常者の混合チームという話ですが、「八雲CUP」でこそ、それを実現したいと思いますね。「リーグ・オブ・レジェンド」のチーム戦は5人対5人ですが、そのメンバーの中に健常者がいてもよいと思います。うちの場合は、人数的に障害者のほうが多い編成になると思いますが、各自役割を決めて、手を取り合ってチーム戦を戦うという形もとれるのはないでしょうか。それに、ゲームプレイだけじゃなく、大会の運営や広報といったところも「八雲CUP」で実践してみたいという気持ちもあります。「八雲CUP」は、障害者と健常者がどのような共生の形がつくれるかの実験場であり、そのイメージをつくる場でもありたいと考えています。
共生といえば、岡山県の共生高校ってご存知ですか? 毎日新聞社が主催した「第1回全国高校eスポーツ選手権」の準優勝校なんですけど、そこのeスポーツ部キャプテンの「赤バフ」君という、ものすごい強い選手がいるんですよ。あるとき、吉成くんが彼と知り合うご縁がありまして、チーム吉成と対戦させていただく機会があったんです。惜しくも負けましたけど、チームのみんなは興奮してましたね。
あと、吉成くんがオンラインで「ぷよぷよ」の対戦プレイをしてたときに、オンラインの世界レート2位の人と戦ったことがあったんですって。世界2位ですよ。これもまあ、負けたそうですけど(笑)。
でもこんなこと、ゲームならではの話だと思いませんか? 野球をやってる子がたまたまジャイアンツと練習試合するなんてことは絶対ありえませんけど、eスポーツの世界、ゲームの世界、オンラインの世界ではありうるんですよ。eスポーツは、障害者にとって希望の光なんです。私たちは、そんな彼らの世界を広げるお手伝いをしたいと思っています。