研究者インタビュー
テレビゲームへの正しい理解を
高杉 紳一郎先生インタビュー
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九州大学病院リハビリテーション部診療准教授
高杉 紳一郎(たかすぎ しんいちろう)
1958年、 福岡県生まれ。九州大学病院 リハビリテーション部診療准教授、医学博士。昭和58年に九州大学医学部卒業。以後10年間は整形外科医として臨床診療に従事。平成5年から九州大学病院リハビリテーション部に勤務。整形外科医局長や健康科学センター講師を歴任。専門は、健康増進医学(特に転倒・骨折の予防)や、高齢者・障害者福祉。介護保険審査会委員。日体協公認スポーツドクター。
第2回ゲームがリハビリテーションに力を発揮したことを学会で発表しました。
2012年03月12日掲載
- ――そうした時にナムコ(現・バンダイナムコゲームス)さんと出会って、「ゲームによってリハビリが効果的にできないか」と考え、「リハビリテインメント(*注)マシン」の開発につながったのですね。
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高杉:そうです。ナムコさんと出会った後に、2001年3月から九州大学病院リハビリテーション部とデイサービスセンター「ちょうじゃの森」(青森県八戸市)との間で共同研究を行ったのです。通って来られる高齢者に、業務用の「ワニワニパニック」などで遊んでもらい、2カ月に1回身体能力を測定しました。実は当初、「ゲームで身体能力が回復する」なんて、私自身も半信半疑で、祈るような思いのチャレンジでした。検証をはじめた当初、4か月で有意な数値が出ず、6か月たっても結果が出なかったのです。「これはもう、ダメかな」と思って、協力いただいた施設の方々にお詫びの手紙を書こうと思っていたのです。「今回の実験で効果がでなくて誠に申し訳ありません。しかし、ゲームによって楽しんでもらえたことは良かった。」と。
ところが、8か月になって初めて効果が現れ始めたのです。「笑顔でリハビリができる」と確信しました。「握力」、「ファンクショナルリーチ(前方に倒れないバランス機能)」、「反応時間(素早く手でボタンを押す敏捷性)」、「歩行速度」など6項目で、他のリハビリを行っている患者さんよりも明らかに「ファンクショナルリーチ」と「反応速度」の数値に有意な改善が見られたのです。これは、高齢者の寝たきりの主な原因となる「転倒」を予防するのに有効だったのです。そこで、「リハビリテインメント(*注)」というコンセプトの下、ナムコさんと共同開発したのです。
*注 「リハビリテインメント」:「リハビリテーション」と「エンターテインメント」を合わせた造語。略称:RT。
このシリーズはその後、業務用機器の外観はそのままに、リハビリ要素を付加し、「ワニワニパニックRT」、「太鼓の達人RT~日本の心~」、「ドキドキへび退治RT」などとして発売されました。
そして、2004年6月30日、横浜で開催された「転倒防止国際シンポジウム」でこれらのゲーム機を使用した検証結果を発表しました。リハビリテインメントマシンでのリハビリは、高齢者が自らの意志でプレイしつづけることができる。一般的な機能回復訓練ではスタッフが付いて直接指導しますが、リハビリテインメントは自発的で、リハビリの意識をもたせない。
「ゲーム機で身体を動かし、楽しい時間を過ごすことが、結果として身体能力の維持や向上につながる」ということを発表しました。そして発表が終わった直後、拍手がわきおこったのです。
この時は正直言って驚きました。学会で拍手をもらうなんて想像すらしてもいなかったので、驚くと同時に「この発表が大きなインパクトを与えたからだ」と身の引き締まる思いでした。そしてその後、うれしさがじわじわと湧いてきました。
拍手をいただいた背景を考えると、当時は「パワー筋トレ」が流行しており、「歯を食いしばって鍛えること」がリハビリの主流だったのです。しかし、逆に筋肉や関節を痛めたりする人が増えたり、苦しくてイヤイヤ我慢しながら取り組むといった負の要素も内在していました。そんな中で、これまで"暗く重たい空気が流れていた"リハビリテーション室を、"明るく楽しくしよう"というものでしたから、なおさら反響が大きかったのでしょう。
さらに付け加えるなら、当時「ゲームで身体を変えよう」なんて考える人はいませんでしたから、このような切り口の発表が斬新でインパクトがあったからだと思います。
単調で苦しいリハビリテーションの場で、ゲームの持つ楽しさや遊び感覚が、患者さんを苦しさから少しでも解放し、楽しみながらリハビリテーションに取り組めることは、まさにゲームの持つ本来のパワーだと思います。